大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和47年(ワ)393号 判決

原告(反訴被告) 表具吉一

右訴訟代理人弁護士 金光邦三

同 飯沼信明

同 樫永征二

被告(反訴原告) 飛島建設株式会社

右代表者代表取締役 飛島斉

被告 黒谷兼介

右両名訴訟代理人弁護士 中島三郎

同 中島志律子

主文

一  被告(反訴原告)飛島建設株式会社は原告(反訴被告)に対し、別紙目録記載の土地について、昭和四六年二月一六日神戸地方法務局須磨出張所受付第六九八六号をもってした、同年一月二〇日付売買を原因とする所有権移転登記の抹済登記手続をせよ。

二  被告黒谷は原告に対し、別紙目録記載の土地について、昭和二四年五月七日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三  被告(反訴原告)飛島建設株式会社は原告(反訴被告)に対し、別紙目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和四六年三月一日から右明渡済みに至るまで一か月金七、〇九四円の割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)飛島建設株式会社に対するその余の請求を棄却する。

五  被告(反訴原告)飛島建設株式会社の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。

六  訴訟費用は反訴を含めて被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)の本位的請求趣旨

1  主文第一項ないし第三項記載の判決

2  被告(反訴原告)飛島建設株式会社は原告(反訴被告)に対し、金一〇〇万円およびこれに対する昭和四七年二月一三日から右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  主文第三および右2項につき仮執行宣言

二  原告(反訴被告)の予備的請求趣旨

1  被告らは原告に対し各自金一、四一八万八、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年二月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

三  本位的、予備的請求に対する被告らの答弁

1  各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  被告(反訴原告)飛島建設株式会社の反訴請求の趣旨

1  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)飛島建設株式会社に対し、別紙目録記載の土地の明渡しをうけた後、右土地を引渡せ。

2  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

3  仮執行宣言

五  反訴請求の趣旨に対する原告(反訴被告)の答弁

1  反訴請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告(反訴原告)飛島建設株式会社の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  主位的請求原因

(一) 別紙物件目録記載の土地(以下本件溜池という)は、原告(反訴被告、以下単に原告という)が昭和二四年五月七日被告黒谷から同地に隣接する神戸市長田区長田天神町六番の畑地のうち一反三畝二四歩と共に買受けたことにより原告の所有に属するものである。

(二) かりに右買受けの事実が認められないとしても、原告は昭和二四年五月から所有の意思をもって平穏公然に、善意無過失にて本件溜池の占有を継続してきた。すなわち、原告は昭和二四年五月ごろ前記畑地部分に居宅を建築して家族と共に居住し、当時本件溜池でハス等を作っていた近所の者からその明渡を受け、以後本件溜池を菜園、建築資材置場などに使用してその占有を継続してきた。従って、原告は、民法一六二条二項により右日時から一〇年経過した昭和三四年五月本件溜池の所有権を時効取得した。

(三) しかるに、被告黒谷は、本件溜池につき被告飛島建設株式会社(反訴原告、以下単に被告会社という)に対し、昭和四六年一月二〇日付売買を原因として同年二月一六日神戸地方法務局須磨出張所受付第六九八六号所有権移転登記をした。

(四) そこで原告は、所有権に基づき、被告会社に対して本件溜池になされた右所有権移転登記の抹消登記手続を、被告黒谷に対して本件溜池の所有権移転登記手続を求める。

(五) 原告は、前記のとおり昭和二四年五月から本件溜池を所有し、かつ占有していたものであるところ、被告会社は、原告を債務者として昭和四六年一月二九日神戸簡易裁判所から「原告は本件溜池に存置してある足場用丸太約四六〇本等建築資材を二日以内に除去すること、原告は本件溜池に立入り、被告会社の占有を妨害してはならない」旨の仮処分決定(神戸簡易裁判所昭和四六年(ト)第二〇号事件)を受けた。原告が右仮処分決定に従い、本件溜池から建築資材等を搬出するや否や、被告会社は鉄線を張りめぐらし、以後本件溜池の占有をしている。

そこで原告は、所有権および占有権に基づき、被告会社に対し、本件溜池の明渡し、および右占有の後である昭和四六年三月一日から右明渡済みに至るまで一か月金七、〇九四円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

(六) また、被告会社は、前記仮処分決定前、本件溜池を占有していなかったのにかかわらず、神戸簡易裁判所に対して本件溜池を占有していた旨偽った仮処分申請をして同裁判所から前記仮処分決定を受けてその執行をした。その結果原告は本件溜池から建築資材等を搬出することを余儀なくされ、かつ立入りを禁止され、著しい精神的苦痛を蒙った。

そこで原告は被告会社に対し、この違法仮処分により受けた精神的損害賠償金として金一〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年二月一三日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  主位的請求原因に対する被告らの認否

(一) 第(一)(二)項の各事実は否認する。

(二) 第三項の事実は認める。

(三) 第五項の事実中、被告会社が原告主張の日その主張のような仮処分決定を受けた点、被告会社が本件溜池を占有している点は認めるが、その余の点は否認する。

なお、被告会社が前記仮処分によって本件溜池の占有を取得したのは、昭和四六年一月三一日までの時点であり、原告の占有回収の訴は除斥期間経過後に提起されたものであるのみならず、強制執行によって物の占有を奪われた場合には占有回収の訴によってその物の返還を請求することは許されないから、原告の占有回収の訴はそれ自体失当である。

(四) 第六項の事実は否認する。

3  被告会社の主張

かりに原告が被告黒谷所有の本件溜池につき時効取得したとしても、登記を具備しておらず、その後、同被告から本件溜池を買い受け、その所有権移転登記をした被告会社に対抗することができない。

4  右主張に対する原告の反論

(一) 原告は本件溜池につき登記を具備していないが、被告会社は、背信的悪意の取得者であり、登記の欠缺を主張し得る第三者に該当しない。

すなわち、本件溜池付近一帯は、昭和四四年当時は山林であり、被告会社は、その付近に大規模な造成工事の計画を樹立したところ、本件溜池が造成宅地に至る道路を設置するのに必要となった。そこで被告会社は昭和四五年六月ごろ近隣の者から本件溜池は原告が所有し占有するものであることを聞き知り、そのころ原告と会って買収の交渉をした。しかし原告からその申出を拒絶されるや、登記関係を調査し、偶々その登記名義が被告黒谷になっていることを発見して被告黒谷と交渉し、昭和四六年二月一六日所有権移転登記を経由したのであり、その際、被告黒谷は本件溜池を所有していることの認識もなく、現状不明のまま被告会社のいうとおり、売買契約をし、その代金は九九万四、〇〇〇円(坪当り七、〇〇〇円)であって不当に安く、しかも被告会社は被告黒谷に係争が生じた時は責任をもつ旨約束し、前記登記は、原告が同年二月一五日被告黒谷を債務者として本件溜池の処分禁止の仮処分申請をした翌日これを為し、前記代金の授受は、右登記後の同年四月一〇日に為されるなど極めて異常なものであった。要するに被告会社は原告が被告黒谷から本件溜池を買い受けて長年にこれを占有していることを知りながら、原告との買収交渉に破れるや、原告の所有権取得登記がなされていないのに乗じ、造成工事を完成して付近の土地を高値に売る目的で、被告黒谷と共謀して同被告から本件溜池を急拠買い受け、その旨の登記を経由した、いわゆる背信的悪意取得者である。

(二) さらに被告会社は本件溜池につき「神戸市長田区滝谷町一丁目四二番」という所在表示の所有権移転登記を経由しているが、その適法な表示は「神戸市長田区長田天神町三丁目四二番」であり、右登記は登記官の過誤に基づく無効のものであるから、被告会社は、本件溜池の所有権取得について対抗要件としての登記を経由したものといえない。

5  予備的請求原因

かりに原告の本件溜池所有権が登記欠缺のため被告会社に対抗し得ないものとしても、被告らは故意又は過失により原告所有の本件溜池を売買してその旨の登記を経由し、原告の所有権を侵害した。被告黒谷は、被告会社から告知され本件溜池の登記名義が同被告になっていることを知ったもので、所有者としての認識がなく、これを占有使用したこともなく、他方原告が被告らに対し原告が本件溜池を所有し占有するものであることを申し入れていたから、かかる場合、被告らは事情を充分調査すべき義務があるのにこれをせず、むしろ本件溜池の原告に対する所有権移転登記がなされていないことを奇貨とし、被告らは売買、移転登記をなしたもので、故意又は重大なる過失により原告の土地所有権の侵害である。原告は、それにより本件溜池の時価相当額である一四一八万八、〇〇〇円(三・三平方メートル当り一〇万円)の損害を蒙った。

よって、原告は被告らに対し、各自一四一八万八、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年二月一六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

6  予備的請求原因に対する被告らの認否

全部争う。

二1  被告会社の反訴請求原因

原告は、被告会社から本件溜池の所有権を侵奪されたとして占有回収の訴を提起した。

しかし、被告会社は昭和四六年一月二〇日被告黒谷から本件溜池を買い受け、同年二月一六日その登記を経由しているものであるから、かりに原告の占有回収が認められるとすれば、所有権に基づき原告に対し本件溜池の引渡しを求める。

2  反訴請求原因に対する認否

争う。本訴請求原因で述べたとおり、被告会社は原告に対し、本件土地の所有権をもって対抗し得ない地位にあるものである。

第三証拠≪省略≫

理由

第一本訴について

一  ≪証拠省略≫を総合すれば、1、原告は、昭和二四年ごろ神戸市長田区宮川町五丁目に約一〇〇坪にわたる土地およびその地上建物を所有して家族と共に同所に居住していた。そして、おりからの生活難を打開するため、右土地建物を他に賃貸し、その得た金で広い土地を購入し、果実の栽培や養鶏などをして生計を立てる計画をし、そのころ全但バス株式会社に対して右土地建物を賃料一ヵ月金一万円、二年分(二四万円)先払の約定で賃貸するとともに、その賃貸に先立ち、神戸市近郊に一、〇〇〇坪程の土地を探し求めた。2、間もなく、原告は、知人から被告黒谷所有の神戸市長田区長田天神町六番の二畑地約四〇〇坪についての買入れのあっせんを受け、同年四月ごろ右現地に赴いて同所近くに居住していた被告黒谷と会い、同地の売買交渉をした。同地の売買代金については、原告は坪当り五、六〇円と言い、被告黒谷は坪当り一〇〇円と言い、両者の間にかなりの隔たりがあった。3、ところで、被告黒谷は昭和一五年一月二五日祖父黒谷兼次郎から右畑地およびそれに隣接する本件溜池を含む約一万坪の土地等を家督相続したものであって、その後右土地の殆どを売却し、昭和二四年当時、右畑地および本件溜池を所有しているだけであり、そのころ本件溜池は三分の一の部分に水が溜って、その余の部分が砂地という状態で被告黒谷はこれを利用していなかった。一方、原告は、前述のとおり広い土地を購入したい希望を有していたものであり、本件溜池を見たとき、畠や子供の遊び場所に利用するためこれを手に入れたい気持があった。4、そうこうするうち、被告黒谷は原告に対し本件溜池をも譲渡するから前記畑地の坪数につき坪当り九五円の値段で畑地を買ってくれと申し入れ、原告はそれならとこれを了承し、結局、原告と被告とは同年五月七日ごろ、本件溜池および前記畑地を、その代金を畑地の実測坪数に一坪当り九五円を乗じた金額とするという約定で売買契約が成立し、原告は被告黒谷に対し、同年四月二六日内金一万円、同年五月七日内金五、〇〇〇円、同月二四日内金一万円、その後残金一万四、五〇〇円(支払代金合計三万九、五〇〇円)を支払い、被告黒谷から本件溜池および畑地の引き渡しを受けた。5、被告黒谷が同年五月七日付で原告に差し入れた土地売買契約書には「長田天神町三丁目山林土地坪九五円約四〇〇坪、測量の上坪数増減致します。手付として五、〇〇〇円を受け取る。測量は黒谷やくの地面が隣なる故明確になれば定まる。登記と同時に残金を受け取るものとする」旨の記載がなされている。本件溜池の旧土地登記簿によると、かつて本件溜池は神戸市長田村字空髭四二番と所在表示されていたところ、兵庫県報によると、右長田村空髭四二番は、昭和五年一一月一日以降神戸市長田区長田天神町三丁目と改称されることになったのち、昭和一六年三月一日以降は神戸市長田区滝谷町一丁目と改称されているものであり(但し、この改称前の地番は何故か長田村空髭四二番のままとなっていた)、また、本件溜池の実測坪数は一三九・三四坪、畑地のそれは四一四・五〇坪であるから、右売買契約書の記載中、土地の表示としては本件溜池が含まれていない。6、しかし、被告黒谷は、右契約書作成後間もなく知り合いの河本純一測量士に原告に売渡すべき本件溜池および畑地の実測をさせていて、その実測には、被告黒谷、原告のほか仲介人二名立会の下、河本純一測量士が被告黒谷の指示に基づき右両地の境界を確定し、実測した結果の図面二枚(甲第一号証、甲第七号証)を時を前後して原告に交付しているのであり、しかして、右図面には、本件溜池および畑地以外の土地の測量はされておらず、特に甲第一号証の図面には、本件溜池および畑地の各部分に緑色が塗られ、そこが売買契約の箇所であることを明記されている。なお、両図面にはいずれも土地の所在地番として神戸市長田区長田天神町三丁目六番地とだけ表示されており、原告は、その当時、本件溜池も同一地番に属するものと信じていたのであった。7、本件溜池および畑地の所有権移転登記手続については、被告黒谷、原告双方の事情により直ちにすることができなくなり、原告は、森岡司法書士に前記売買契約書や図面等を預け置き、その後畑地の一部を他に譲渡するため登記を経由する必要が生じたことから昭和三七年ごろ当時明石市に移住していた被告黒谷に事情を話して同被告から委任状および印鑑証明書を受け取り、森岡司法書士に対し所有権移転登記手続を依頼した。その際原告は、同司法書士に対し本件溜池および畑地の所有権移転登記手続を依頼したつもりであったが、同司法書士は、前記売買契約書に依拠し、神戸市長田区長田天神町三丁目六番の二畑地だけの移転登記手続をし、原告は、右登記により本件溜池の登記もなされたものとばかり思っていた。8、原告は、昭和二四年五月ごろ被告黒谷から本件溜池および畑地の引き渡しを受けた後、当時本件溜池中砂地部分に野菜を作っていた久遠寺住職や水溜部分に蓮を作っていた山田某に対してその使用を差し止め、畑地に建物を建築をして家族と共に同所に居住し、畑地と本件溜池との間の里道に階段を作って両地の往来を便利にし、本件溜池中水溜部分にあひるや鮒を入れ、砂地部分に畠を作ったり、ネコヤナギ、イチジクを植林したり、花を栽培し、昭和四二年の水害により本件溜池に多量の土砂が流入した後は、その当時家業としていた建築の木材置場や畠に利用し、毎年草刈りをし、本件溜池の占有を昭和二四年五月以来、被告会社から立入禁止の仮処分執行のなされた昭和四六年一月まで二二年余の長きにわたり継続して行い、その間、近隣の者は本件溜池を「表具さんの池」と呼称し、自他ともに本件溜池が原告所有の土地と認め合っていた。9、被告黒谷(画家)は、原告に対し前記のとおり本件溜池および畑地を売り渡した後、間もなく明石市に転居して以後、前記立入禁止の仮処分が出るまで一度も本件溜池に臨んだことがなく、昭和四六年一月ごろ被告会社から本件溜池の登記名義が被告黒谷のままになっていることを知らされて始めてその事実を知るに及んだものであり、一方原告も、そのころ被告会社から指摘されて本件溜池につき自己の登記名義のなされていないことを知るに至ったのであった。以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

前記認定事実によれば、本件溜池は、原告が昭和二四年五月ごろ被告黒谷から買い受けてその所有権を取得し、以後二二年余の間占有していたものというべきである。

二  原告が昭和二四年五月七日被告黒谷から本件溜池を買い受け所有権を取得したが、その登記を経ていなかったことは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、被告会社は、昭和四六年一月二〇日被告黒谷から本件溜池を代金九九万四、〇〇〇円(坪当り七、〇〇〇円)にて買い受ける契約をしたことが認められ、被告会社が同年二月一六日本件溜池につき所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

原告は、被告会社は背信的悪意取得者であると主張するので、この点につき考察してみる。

≪証拠省略≫を総合すれば、1、被告会社は昭和四五年当初、本件溜池付近一帯に大規模な宅地造成工事計画(夢野団地造成計画)を立て、工事区域内土地所有者のうち、宅地造成参加者に対しては、宅地造成完了後造成参加面積の二〇パーセントの完成宅地を還元する約束をして施工の承諾をとり、宅地造成不参加者に対しては、該土地を買収する手続をとるとかして右工事を進行する方策を定めた。2、被告会社大阪支社土木課長間瀬圭二は、同年六月ごろ本件溜池付近の所有者を調査し、隣地所有者である藤田達三、大久保文子らから、原告が本件溜池の長年に亘る占有者であり、かつ、所有者であることを聞き、藤田達三の案内でそのころ原告方に赴き、原告に対し前記宅地造成計画を話し、造成参加又は売り渡しをすすめたが、原告から賛意を得られなかった。3、前記間瀬圭二は、それより一週間後、被告会社担当社員大杉薫を伴って再び原告方を訪れ、原告に対し宅地造成計画図などを示して熱心に宅地造成の参加または売り渡しを懇願したが、本件溜池をこわしたくない原告からその旨拒絶された。本件溜池は宅地造成の暁は団地アパートのほぼ入口附近に位置し、団地内道路となる予定の必要な地点に該当していたので、前記間瀬圭二ら被告会社担当員は原告の右拒絶態度に大いに困却してしまった。4、ところがその直後、被告会社担当社員大杉薫は、本件溜池の土地登記簿を調べ、その登記名義が被告黒谷のままになっているのを知り、前記間瀬圭二に報告した。間瀬圭二、大杉薫らはすぐさま原告と会ってその旨を指摘し、その際原告から、原告において昭和二四年被告黒谷より本件溜池を畑地と共に買い受けたものであることの説明や、その証拠に甲第一号証の図面などを示されておきながら、それに一向耳を傾けようとはせず、以後原告との交渉を打ち切った。5、そして、被告会社担当社員大杉薫は、同月二四日ごろ明石市内居住の被告黒谷方を訪れ、原告の前記陳述について問い合わすことなく同被告に対し「あなたが本件溜池の所有者である、早く宅地造成事業の施行に同意して頂きたい」旨申し入れ、昭和二四年四月原告に本件溜池を売り渡して以来同地に臨んだことがなく、その所有の認識すらなかった被告黒谷に対し、さらに後日紛争が生じた場合被告会社において責任をもつ旨口説いて、被告黒谷をして同日右申し入れを承諾させた(被告黒谷はその後間もなく原告から本件溜池の所有権移転登記を求められたが、欲にかられてこれに応じなかったこりはいうまでもない)。6、ついで被告会社は、被告黒谷との間で本件溜池につき、同年七月二五日工事請負契約並びに住宅地造成事業施行同意の調印をし、昭和四六年一月二〇日本件溜池を代金九九万四、〇〇〇円で買い受け、その代金および登記の日を同年四月一〇日とする売買契約を結んだうえ、本件溜池につきなんら占有をした事実がないのに、原告を債務者として昭和四六年一月二七日ごろ神戸簡易裁判所に被告黒谷被告会社において本件溜池を占有していることを被保全権利とする立入禁止の仮処分申請(神戸簡易裁判所昭和四六年(ト)第二〇号事件)をし、同月二九日同裁判所から「債務者(原告)は本件溜池に存置してある足場用丸太約四六〇本等建築資材を二日以内に除去すること、債務者(原告)は本件溜池に立入り、被告会社の占有を妨害してはならない」旨の仮処分決定を受けそのころ右仮処分決定の執行をして本件溜池から原告の占有を排除し、本件溜池を前記団地内道路とする工事を強行した。7、原告は、右仮処分決定に対し同年二月一〇日異議申立をし、同月一五日被告黒谷を債務者として神戸簡易裁判所に本件溜池の処分禁止の仮処分申請(同庁昭和四六年(ト)第三一号事件、原告は右事件において被告らを債務者とし、本件溜池の執行官保管の仮処分をも求めたが、前記仮処分決定と競合するため、その部分を取下げた)をし、同月一八日同裁判所から被告黒谷に対する本件溜池の処分禁止の仮処分決定を得た。しかしながら、原告の右動向を逸早く察知した被告会社は、右仮処分申請の翌日である同月一六日本件溜池につき所有権移転登記をし、被告黒谷に対する前記売買代金の支払については、前記契約どおり同年四月一〇日その履行をみた。以上の事実が認められ、これを動かすにたる証拠がない。

右認定事実によると、被告会社は、原告が昭和二四年五月被告黒谷から本件溜池を買い受けて以来二二年余の間これを占有している事実を知り、原告を本件溜池の所有者と認めて原告に対し二度に亘り、自己の計画した宅地造成の参加または土地買収を求める交渉を続けていながら、原告からこれを拒否されて交渉が不調に終るや、登記簿を調べて原告の本件溜池所有権移転登記がないのを知り、これを奇貨とし、右宅地造成の早期実現およびそれによる企業利益を上げるため、原告の弁解や占有関係の調査について一顧だにせず、本件溜池につきそれまで所有の認識のなかった被告黒谷に対し、同被告が本件溜池の所有者であり、後の責任は被告会社においてとるなどといって二重売買を決意させるべく積極的に働きかけ、しかも、本件溜池につき、かつて占有した事実がないのに占有を前提とする前記立入禁止の仮処分申請をしてその仮処分決定により本件溜池上の原告の占有を排除し、本件溜池を団地内道路とする工事を強行する一方、原告から被告黒谷に対する本件溜池の処分禁止の仮処分申請がなされるとこれを察知してその翌日本件溜池の所有権移転登記手続をとるなどしたものであって、右認定の事情のもとでは、被告会社は、いわゆる背信的悪意者として、原告の本件溜池所有権取得について登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたらないものというを相当とする(最高裁判所昭和四三年八月二日第二小法廷判決、集第二二巻八号一五七一頁参照)。

三  そうすると、原告は、昭和二四年五月七日被告黒谷から本件溜池を買い受けた所有者であり、被告会社はその後の昭和四六年一月二〇日被告黒谷から本件溜池を売買により取得したものの背信的悪意取得者であるから、原告に対する関係で、右売買およびそれに基づき同年二月一六日なした所有権移転登記は、いずれも無効であり、原告に対し、被告会社は右登記の抹消登記手続を、被告黒谷は、本件溜池につき昭和二四年五月七日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務がある。

四  被告会社が昭和四六年三月一日以降本件溜池を占有していることは当事者間に争いがなく、原告が本件溜池の所有者であること前認定のとおりであるから、原告は、本件溜池の所有物返還請求権に基づき被告会社に対し本件溜池の明渡しを求める権利がある。また、鑑定人辻正一の鑑定結果に弁論の全趣旨を総合すれば、昭和四六年三月一日以降における本件溜池の賃料相当額は少くとも一か月金七、〇九四円と認められるから、被告会社は原告に対し、昭和四六年三月一日以降本件溜池明渡ずみまで一ヵ月金七、〇九四円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務がある。

五  被告会社のなした前記神戸簡易裁判所昭和四六年(ト)第二〇号立入禁止の仮処分申請は、前認定のとおり被告会社が本件溜池を占有していないのにこれあるように偽った違法なもの(その被保全権利を占有保持の訴から所有権返還請求権に変更しても、その断行仮処分を許容するに相当な緊急性が本件全証拠によるも認められない)であるけれども、原告は、被告会社に対する前記本件溜池の明渡し、昭和四六年三月一日以降の損害賠償金支払の各義務あることを明らかにされたことにより、右違法仮処分申請によって蒙った精神的苦痛は治ゆされたものというべく、したがって、この点の原告の慰藉料金一〇〇万円の請求は認めない。

六  以上の次第で、原告の本訴請求中、被告会社に対し、所有権移転登記の抹消登記手続、本件溜池の明渡しおよび昭和四六年三月一日以降右明渡ずみまで一ヵ月金七、〇九四円の割合による賃料相当の損害金、被告黒谷に対し所有権移転登記手続を求める部分はいずれも正当として認容するも、被告会社に対して金一〇〇万円の慰謝料請求部分は失当として棄却する。

第二被告会社の予備的反訴について

被告会社の予備的反訴は、原告の本訴請求中占有権に基づき本件溜池の明渡しが認容された場合の被告会社主張の右土地所有権に基づき本件溜池の逆明渡しを求めるものであるが、原告は本訴請求において右占有権のほか所有権に基づく本件溜池の明渡しを主張していたものであり、前認定のとおり、当裁判所は、その所有権による原告の被告会社に対する本件溜池の明渡しを認容したものである。したがって、被告会社の反訴請求はそれ自体理由がないのみならず、被告会社において本件溜池につき所有権のないこと前判示のとおりであるから、右反訴請求は失当として棄却を免れない。

第三結び

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用し、原告の仮執行宣言申立については事案に照らし、相当でないと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例